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Author:ろっこ
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出産・延長戦

出産後は、暫く(1時間ほど)分娩台で休むと聞かされていましたが、寒いしベッドでゆっくりしたいと思ったので早々に部屋に引き上げさせてもらいました。部屋に戻ると泣き笑いの様な顔をした両親が。「本当によく頑張ったね。おめでとう」当事者はひたすら産むことだけに集中するばかりで、産んだ後は一息ついて呑気にしてますが、周囲はその間ハラハラし通しなんですね。後から母に聞きましたが、立会いから戻った夫が「ろっこが凄く頑張ってくれた」と涙ぐんでいたと。改めて出産て凄いんだなーとしみじみ…。

両親が帰って、夕ご飯を用意された部屋に夫と二人きり。鯛の尾頭付きを始め、豪華なラインナップの祝い膳ではありましたが、兎に角疲労感が凄まじくその殆どを夫に食べてもらいました。お昼ご飯も食べてなかったのですが、空腹感ゼロ。疲労と興奮状態が続いているのと、あと今まで胃を圧迫していた子宮がいきなりその質量を減らしたので、内臓事情が色々大忙しになっていたからかと思われます。面会終了時間になり夫も帰宅。一人になり、少し眠ろうとするけどやっぱり目が冴える。子宮収縮の痛みは殆ど感じませんでしたが、エイン切開の傷の痛みがじーわじーわ響いてくる。それといきむ時に思いっ切りレバーを掴んだ両腕や、踏ん張った両足の筋肉が大笑いし始めてきた。更に首の辺りから鎖骨にかけて、燃える様に熱い!頃は12月中旬だというのに、余りの体熱感に我慢が出来ず、枕元の窓を少し開けて涼をとりました。この、部分限定の体熱感は、身体が母乳を分泌する為に変化していたからだと後で知りました。人の身体のメカニズムって不思議で凄い。

眠れないので、携帯から自サイトの掲示板に出産報告の書き込みをしたり、友人に出産報告メールしたりしてましたが、その間ずっと身体中のあちこちの軋む様な痛みに苛まされて辟易。でもメモリアルカードで録ったぴよ太の産声を聞くと、スーッと痛みが軽くなる気がして何度も何度も再生して聞きました。そして新生児室からかすかに聞こえてくる泣き声は、もしかしたらぴよ太かなーとつらつら考えている内に、いつしかぐっすり眠っていました。


今まで生きてきた中で、一番のやり遂げた感で一杯の夜でした。



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出産・終盤

※途中生々しい表現が入りますのでその辺ご了承下さい※



バタ狂いまくっていた4時間半。しかし身体とは裏腹に頭では色々つまらない事も考えていました。陣痛の陣は本陣殺人事件の陣。だから殺人的に痛いのだ… 両隣並びにこの部屋周辺の皆様騒がしくてごめんなさい。もしかしたら階下の外来の人にも聞こえちゃってるかな?あははh こんなあられもない姿、夫に見せられたもんじゃなかったなぁ~ ets ets… しかしそんな苦しみを経て、分娩室に入れる事になった瞬間、あんなに騒いでいたのにすっかり平静になった自分に自分でビックリ。さっさと車椅子に乗り込み、さくさく分娩台に上がっていく私。陣痛の時点であんな状態だったから、出産時はもっと騒ぐかも…という心配は杞憂だった様です。兎に角ひたすら分娩室へ入りたかった訳ですね。単に。

破水して羊水がどっさり排出してしまっているという事は、チョビの領域がすごく狭いという事。だから出産までの時間が掛かれば掛かる程チョビは苦しいに違いない。だから1分1秒でも早く産んであげたい。その為にはもう何だっていいから、早く産ませて! そんな気持ちで一杯だったので、導尿もエイン切開もノープロブレム。(←ドクターが許可を取ります)イメージ的に痛そうなエイン切開ですが、陣痛の痛みでいつ切られたのかさっぱり分かりませんでした。例えるなら、タンスの角に足の小指をぶつけて悶絶してる時に、腕に蚊が2~3匹止まっても分からない位の感覚。切開せずに出産して裂けてしまった方が産後の傷の治りが遅いと聞いていましたから、ここはもうスパッといって貰うべきかな?と個人的に思います。

勝手にいきんでも産まれないよ、と最初にドクターから一喝され、よしでは指導通り頑張るぞ!と陣痛の波のタイミングをドクターに知らせながら分娩スタート。この時、痛みを全く感じていませんでした。もう無事に産み出したい一心なだけ。チョビよく頑張ったね、もう少しで会えるから、一緒に頑張ろうね―― そして15分経過した頃、「ご主人がみえました。立会い希望です」という看護師さんの声が

…へ?夫?仕事は?立会い希望してなかったんじゃ?

様々な?が頭を駆け巡る。「はい!しっかりいきむ!!」というドクターの声に我に返って必死にいきむ。私の頭付近の左側に息を切らしている夫が、心配そうな顔で私を見下ろしていました。「頭が出たよ、あと少し!」両手でレバーを思いっきり掴んで足を踏ん張り、全身全霊を掛けていきみました。私の肩に添えてた夫の手にも力が入るのを感じながら。

「…ごぎゃあ!ごぷぎゃあ!あぎゃあ!!」

へその緒を切ってないのに産声上げるんだー…それにしても何か溺れてる様な泣き声だなぁ…はー、済んだ。無事に産んであげる事が出来た…

放心状態。夫は、私の汗だくの額を濡れタオルで拭いながら小さな声で「有難う。お疲れ様」と言ってくれました。産湯で綺麗にして貰い、ぴよ太が私達の元へやってきた。小さくて皺だらけでふにゃふにゃした赤紫色の可愛い我が子。あなたがお腹の中にさっきまでいたんだよね。いらっしゃい、ようこそこの世へ。おとやんとおかやんですよ、宜しくね。

2006年12月18日 PM5:03 予定より2週間早くぴよ太誕生 

生まれてきてくれて、有難う。





出産・中盤

比較的呑気に過ごした午前中。しかし正午を過ぎる頃、計った様に陣痛の波がやってきました。子宮の辺りをぎゅうううう…と絞られているような感覚。この頃は痛いかな?程度でしたが、それから30分位経過した後、唐突に激痛はやって参りました。陣痛と陣痛の合間には普通に過ごせると聞いていましたが、痛みがゆるゆる引いた後、落ち着く間もなくゆるゆるとやってくる激痛に呼吸法も時間の計測(陣痛の間隔を計る。間隔が短くなったら出産間近)もあったもんじゃありません。

「~いたいいいいい…!」←掛け布団掴んで何とか耐える

そんな状態で1時間経過。もう唸りっぱなし。この頃になると痛みは倍率ドン更に5倍になっていて、半ばパニック状態でした。何!?何なのこの体の奥底から吹き出てくる激痛は…!!(陣痛です)

私は以前、特別養護老人ホームの職員をしておりました。部屋という部屋から鳴り響く、止まないナースコールの嵐に東奔西走の日々の中で常々思っていた事は、もし自分がナースコールを必要とする立場になったら遠慮がちな利用者になるぞ、でした。

前言撤回します。陣痛中は無理。ぜーったい無理。

枕元のコール乱発しまくりでした(笑)。「痛いんですけど」「産まれそうです」「どーにかして下さい」自分で押せない時は、付き添ってくれてた父親にヘルプ。とうとう看護師さんに叱られてしまいました。

「あのね、陣痛は痛いものなの!それに初産なんだからポーンと急には産まれないよ」

このセリフが、私の余計な闘志に火を点けました。ああそーですか。だったら産んでやる。ポーンと急にここで。

人間、切羽詰った状態の時って周り全てが敵に見えるんですね。私は兎に角分娩室に行きたかった訳です。そこじゃないとお産が出来ないという気持ちでいっぱいでしたから。なのにそれを阻止するアンタ鬼!と真剣に逆恨み(笑)。この時点で父親ギブアップ。「お母さん呼んでくる!」と家へ引き返してしまいました。そして母親は長丁場に備えて、ご飯を食べてから行こうとしてくれてたのですが、「飯なんか食ってる場合か!!」と父親から怒られたそう。それでも食べてきてました。母は強し…?

2時過ぎ辺りからもう陣痛絶好調♪コールを押す余裕もございません。ベッドのシーツを掴みあげて唸り(殆ど絶叫)ながら激痛をやり過ごす。両隣の部屋の人達うるさくて済みませんと思いながらも、声を出さずには我慢出来ませんでした。喉が痛んだら悪いと母が喉飴を口に入れてくれましたが、がりんと一撃粉砕。でも少しだけ喉の痛みが緩和しました。

時々見回りにきてくれた看護師さんが「はい、呼吸法を忘れないでねーヒッヒッフー、ヒッヒッフー」と声掛けしてくれましたが、それ所じゃねーよとひたすら唸る。「折角楽になるっていうんだから、試しにやってみなさい」と母からも言われてしぶしぶ(?)トライするも、ヒフフフフ!と呼吸法にならず。きちんと呼吸法が出来ていたら、少しは紛れたかな?と今では思いますが、当時の私には余裕が欠片もなくて無理でした。

3時過ぎ、私にあと少しの体力があれば天井へ駆け上るであろうという勢いの激痛に苛まされていた所、内診に来たドクターから「子宮口7.5cm。4時半に分娩室に入れそうだね」という神の声が。ゴールが見えてくると俄然張り切り具合が違います。やっと、やっと分娩室に入れるんだ…!それから真正面の壁に掛かっている時計とにらめっこ。こんなに長く、そして待ち遠しいと思った1時間半という時間の経過は生まれて初めてでした。

そして待望のPM4:30。分娩室への扉が開かれたのでございます…

出産・序盤

12/17の夕方に実家に到着。私両親と夫2人で外食し、そのまま解散。あー、年末まで何か長いなぁ…と少々気落ちしながら久し振りの実家で就寝。私の部屋は2階にありましたが、産前産後の利便性を踏まえてダイニング隣の祖母が使っていた部屋を借りてました。部屋の中にトイレもあるしベッドの頭部分の壁にインターフォン(母親の部屋に直結)もあるし何かと便利。
就寝時、逆子が直った時並みの胎動があり、チョビも環境の変化が分かるのねーとか呑気に構えてました。

AM6:00 トイレに起きる。特に何事も無く再び入眠
  7:50 そろそろ起きようかなーと寝返りをした瞬間「バシャー!」っと破水。早速インターフォンが役に立つなぁとか考えながら母親に報告。何となく余裕?
  8:00 病院に電話。朝食を食べてから入院の準備をして来て下さいとの事。破水ってそんな呑気な扱いで良かったっけ?と思いつつもしっかり朝食を食べる。その後夫にメールしたり夫実家に電話したり

※破水した時の対処法を母親学級では教えてくれてませんでしたが、ある漫画で清潔なタオルをあてがうと書いていたのを覚えていたのでそれを実行しました。量の少ない人は生理用ナプキン(夜用)でいいかも。私はとにかく大量だったのでタオル使用。
入浴・シャワーは細菌が進入する恐れがあるのでNGだそうです。

  8:45 病院到着。内診の結果子宮口1.5cm。夜中か明日の早朝と予測され、子宮口が早く開く様にバルーンを入れられ個室へ向かう

※バルーンとは早い話が縁日などで見かける水風船のようなモノ。子宮の出口付近でぷか~と膨らませて、その抵抗(?)で子宮口を押し広げる働きをするそうです。バルーンと同じ大きさに広がったら落ちてくる仕組み。

過ごし易そうな個室に落ち着き、やれやれ、いよいよ出産が始まるのねーと腹を括る。でも陣痛らしきものはまだ起きてないのと、初産なので時間が掛かるだろうと言われていたのもあってかなり余裕で荷解きをする。そんな中遅出勤務の夫が部屋に飛び込んできてビックリ。

私「仕事行かなきゃ遅刻じゃん?」←折角きてくれたのにこのセリフ…
夫「メール見て飛んできた。大丈夫間に合うように行くよ。破水したって大丈夫なの?」
私「うん、このまま陣痛待ちで出産が始まるのは夜中か明日の早朝辺りって言われた」
夫「そうか…。仕事終わったらなるべく早く来るよ。頑張ってね」
私「はい。気を付けて行ってらっしゃい(^^)」


遅出の就業時間は20:00。それから1時間の帰路で、早くても22:00前になりますか。出産後か余裕で間に合うかのどっちかだなぁ。夫には立会い出産はちょっと無理と言われてたので、分娩室の外で待ってもらう事にしていた我が家。出来れば間に合ってもらえたら心強いなーとお腹をさすりながら思いました。

  11:00 トイレに行った際バルーンが抜け落ちて一瞬産んでしまったのかと慌てる。この時点で3cm。更に大き目のバルーンを入れて部屋に戻る…が、あっという間にまた落ちる。あっという間に5cm。

私の思いが通じたのか?(笑)初産にしては調子よく開いていってる子宮口。ドクターの所見も出産は早くて夕方、時間が掛かっても夜の内かもという事に。間に合いそうかな?でも夕方だったら無理だなぁ。取り敢えず午前中はこんな感じで呑気に過ごしておりました。
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